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私の生きかた

最後のエントリーです。

わたしが、かつて漠然と描いていた 『私の生きかた』。

【主人と出会う直前】

自分は、おそらく結婚も遅いか、若しくはしないか。
仕事も辞めたり転職したりすることはないかな。
キャリアを積んで、それなりに独身を謳歌しよっと。

【主人と結婚してから】

できるだけ早く赤ちゃん産みたいなあ。
わたしの方が歳が上だしね。


と、こんな感じで、思い描いていた通りに、まるで生きていない。


【乳がん確定診断、告知後】

目の前の検査・手術・治療、とにかく今日を生きるのに、ベストを尽そう。
選択を迫られたときは、主人とよく考え話し合い、後悔のない決断をしよう。
できないことは仕方がない。できることも無理のない程度に。
これからは、周りに甘えること。

【無治療期間に突入した現在】

具体的には、ノープラン。
とりあえず、一日一日を大切に。目標は3年。
いつか、希望の卵を戻せますように。
子を授かれなくても、主人・両家族・友人たちを大切に。
なにより、自分を大切に。
「昨日してもらったことは、今日自分がして返す」 S大学N先生のお言葉通り。


かつては、とにかく手足を動かしてみる、見切り発車的な言動が多かった。
危なっかしいときもあったかもしれないが、後悔なく生きてきた。

乳がんを罹患してからは、自分の思考や行動に対して、
いちいち理由・理屈・屁理屈を添えるようになった。

意識的に、自分でそうする癖をつけたこともある。

辛くて重大な選択、決断を容赦なく迫られることが少なくなく、
常に後悔がないように、メリット/デメリットを念頭に考え、
主人と答えを出して、ここまで一緒に歩いてきた。

見切り発車的な思考・行動よりも、体力も時間もかけないで済むようにはなったが、
如何せん悩むことが多い。
いや、悩み事ですらない。悩むことが悩み、みたいな。

そして、せっかちで生き急ぎがちな性格までは変わらないので、
必然と、頭と心と体のバランスが悪くなる。


今のわたしが過去を振り返れば、時代毎のスパンで見たときに、
あのときは短かったとか、あのときは長かったとか、
思うことはいろいろあるけれど、

実際のところ、今までのわたしにとっての一分一秒と、
これからの私にとっての一分一秒は、同じ質量なのだ。

時間は時間であって、伸び縮みはしない。
誰に対しても平等だ。

当たり前のことだけれど、このこと思うと、
頭でっかちになりがちな、今のわたしの肩の力が抜けて、気持ちが楽になる。


乳がんの既往歴があることで、
焦る必要もなければ、時間をかけすぎる必要もない。
楽観することもなく、悲観することもない。
慢心することもなく、卑屈になることもない。

今までのわたしを信じるように、これからの私も、同じように信じればいい。
『私の生きかた』 は、『わたしの生きかた』 の延長で、
このふたつを繋ぎとめるのは、現在のわたしに他ならない。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇

35歳以下で乳がんを発症した、若年性乳がんキャンサーのためのサポートコミュニティです。
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参加資格は 【35歳以下で乳がんを発症した若年性乳がんキャンサー】 ということのみです。
東京や首都圏以外のキャンサーさんのご参加も、お待ちしております。

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ブログ村の思い出・・・
一度だけ、主人と順位が上下で並んだのを目撃したことがあったな(笑
うれしかった。写真撮っておけばよかった。

『彼女の生きかた』 あっての 『私の生きかた』 でした。

ありがとうございました。
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『妻を看取る日』

国立がんセンター名誉総長、垣添忠生先生の著書です。
わたしも主人も、未読。

それにもかかわらず記事にしたのは、昨年のこの時期に、この著書のタイトルそのまま、
NHK総合の『クローズアップ現代』という番組で放映されたのを、ふと思い出したから。

当時、わたしは告知後の動揺も激しく、主人の配慮もあり、実家に帰っていることが多かった。
母と一緒にこの番組を観たのだが、この番組冒頭で、
母から『番組を変えるか、そのまま観るか』の迷いが、瞬時に伝わってきたので、
「興味あるから、このまま観たい」と自分から申し出たのを記憶している。

当時、わたしは図書館で仏教関係、キリスト教関係の本を借りて読んでは、
己の死生観との中でぐるぐる悩んで、答えなんてもちろんないから悩むことにも飽きて・・・
と、実に不毛な生活を毎日繰り返していた。多分。
余談だが、今でもチャペルやお寺・神社、墓地などに居ると、気持ちがとても落ち着く。

まだ、死への恐怖に苛まれているときで、本やインターネットなどで諸々を調べる勇気がなかった。
そういうことは、全部主人が率先してやってくれた。

必死にわたしを救う一心で諸々を調べている主人の背中をぼんやり眺めていて、
感謝はもちろんあったけど、本心を語れば、そんな主人の姿さえも怖かった。

感謝と同じくらい、「主人がこんなに血眼になるくらいの病気なんだ」と、
死の谷底へ落下していくような孤独の闇を、自ら深めてしまっていた。

わたしが孤独だったように、主人も孤独だった。
その孤独を知ったのは、こちらの記事 →

号泣する彼を抱きしめながら、
キャンサーの孤独があれば、キャンサーを見守ることしかできない孤独も、同時に存在することを知った。

『できるなら代わってあげたい』
『ぼくも同じ病気になりたい』

かつて、この主人の言葉に怒りさえ覚えたことがある。
そのとき彼に向かって吐いた暴言。
『わたしの前で泣かないで。泣くのはわたしの役目』
いや、ほんと、暴言だった。
後に、事あるごとに詫びた。

主人の孤独を知ったとき、キャンサーの心を推し量り、かける言葉の難しさを知った。

そして、主人のそういった気持ちの真意に気付き、優しさを痛感し、
「この試練を乗り越えることで、誠心誠意、主人の気持ちに応えてみせよう」
という闘志が、初めて湧いた。

死、というのは不可避かつ、完全で最大なる孤独だ、と今でも思う。
死を看取る側としては、どうなのか。
完全で最大ではないが、それ相当の孤独、そして無力感が襲うはず。

このことを Pink Ring の際、サイコオンコロジストのH先生に尋ねたこともある。
「あなた方(患者本人)が想像している以上に、患者の配偶者は心配し、悩んでいる」
との、お話だった。

そのときの資料をそのまま一部抜粋する。
・15%が夫婦間の心理的問題についてソーシャルワーカーに相談した
・夫の41%に軽度以上の抑うつがみられた


Pink Ring は読んで字の如く『輪』なので、この輪がキャンサーに止まることなく、
キャンサーを見守る側にまで発展してくれたら、と切に願っている。
(実際、わたしが通う病院では、昔、キャンサーの配偶者のコミュニティがあったと聞いている)

この番組放映の後、主人と書店で医学書を探していたところ、たまたまこの本が平積みしてあり、
「読んでみる?」と主人に問うたところ、
主人が「いや、読めない」と、にわかに涙ぐんだ目を背けたのを覚えている。

主人もわたしも、そう近いうちは、この本を手に取ることはないと思う。
それでいい。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇

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極楽や天国は「聖☆おにいさん」みたいな世界だったらうれしい。
(わたしが通う病院の本棚には、この漫画が何故か揃っている、笑)

ギリシャ神話のような、人間くさい神々が迎えてくれたら。

確実に月日は経つ

9月3日(土)に、5時間のアルバイトをしてきた。
内容は、PREのおともだちご夫婦が経営している英会話スクールの受付。

ちょっと社会に復帰した感じ。
働くのって、コミュニティー活動やお稽古とかにはない社会性があるので、
やっぱり、どんなに短時間でも『働く』って重要だと思う。

前職は心身ともに負担が大きくて、復帰に躊躇してしまうけれど、
自分とよく会話しながら、無理せず、働いていけるお仕事があればなあ、と思っている今日日。

英会話スクール、小学生のお子さんたちとお話できるのも嬉しかった!
やっぱり自分は子どもが好きなんだなー、とほのぼのできた時間でした。


昨日は主人が振休消化したので、ゴルフに行ってきた。
31CC

家から高速使わず1時間程度のコースで、よく練習ラウンドに使っている。
平日午後のハーフで3,500円と格安!
1年ぶりのゴルフ、練習なしでぶっつけコースにトライ。

恥を忍んで書くと、ハーフスコア60でした。

次回のラウンドに向けて、各ホールのスコアを羅列して、いろいろ反省したいのだけれど、
スコアカード、主人が会社へ持っていったのか(?)、見当たらず。
以下、備忘メモを少し。

・前半はボギー、ダボペーで、わたしにしては調子良好。
・しかもPAR4の4番ホールで、まさかのPAR。ちょっと・・・いや、かなり嬉しかった!
・後半、突然のシャンクと虫刺され(顔と首、スプレーしたのに、怒)に悩まされる。
・総じて、懸念された空振りやヘッドアップなどはなく、カタチになった。

昨年8月の終わりに、父・義父・主人・わたしの4人でラウンドしたのが最後だった。
おおむらさきGC

猛暑の中、倒れそうになりながらも、左胸に時折激痛を感じつつも、根性でラウンドした。
コレがまさか『がん』だったとはね・・・。
放置せずに、早めに病院行ってよかったと思う。(激痛に耐えられなかっただけの話)

昨日は、ゴルフの後、実家に寄ってお夕飯をごちそうになったのだが、
餃子の皮を包みつつ(お夕飯のメインは、餃子とおでんだった)、
『去年の今頃は、泣きながら、がんの告知を両親にしていたんだなあ』と思うと、涙が溢れてきた。
キッチンに一人だったから、母にも見られてなかった。よかった。

夕餉の席では、ゴルフ、先日主人が行ったボランティアの話、家庭菜園の話・・・
わたしの病気や治療の話などは、一言も話題に上らない。
それが、とてもうれしかった。

「治ったんだ」って思える、ひとつの必然的な現象だから。

村上春樹的に言うところの、『昔と今では「何か」が徹底的に違う』感じは、常にある。
(氏の本は今手元に一冊もないが、こんな表現を多用していた小説があったと記憶)

でも、その「何か」を、あえて考えるのは、今、とてつもなく面倒だ。
そんなことしなくても、ちょうど告知から1年経とうとする、この季節柄、
否が応でも、いろんなことをフラッシュバックする。

やれやれ。

そうそう。今も昔も変わらない思いがひとつあった。
「ゴルフのスコア、110は切りたい」という目標。
マニキュア同様、へたっぴですみません(笑


◇ ◆ ◇ ◆ ◇

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実家の葡萄。

DSC_0162.jpg  DSC_0163.jpg

まさしく葡萄色の部分をつまみ食いしてみた。
甘い!瑞々しい!
実家の野菜や果物は、無農薬なところも素晴らしい。
(ブルーベリーも美味しかったです)

これからは、キウイ、柿・・・と続くので、収穫が楽しみ!

初めてブロガーさんとお会いする

おともだちブロガーの boo-koro さん にお会いしました。

boo-koro さんは、わたしと同じ病院に通院されており、
先日、手術を無事終えられ、金曜日にお見舞いに伺いました。

『ブロガーさんと実際お会いする』という、初めての経験に、
「とっても楽しみなのに、とっても恥ずかしい!」
「初めまして、なのに、昔からよく知ってるおともだちみたい!」
といった初めてこみ上げてくる感情に、かなり動揺しました。
(昔でいうところの「文通相手と初めて会うとき」と、同じ気持ちなのだろうか…)

あまりに動揺したので、あの突然の集中豪雨と雷にも、なんだかぼんやりした反応(笑

わたしは昨年11月の入院だったので、10ヶ月ぶりに訪れる入院フロアに、
いろんな思いが交錯。
遠い昔ような、つい最近のような、遠近感がおかしい・・・いつもの不思議な感覚。


初めてお会いするboo-koro さんは、ご本人のブログから受ける印象通りの方でした。

かわいらしく、優しく、聡明で気品があり、とても魅力溢れた女性。

そのお人柄を象徴するように、たくさんのお花に囲まれ、
boo-koro さんの笑顔もまた、お花のようでした。

ブログで知っているお話も、ご本人から直接お聞きすると、
さらに深みや厚みを増すのはもちろんのこと、
このブログ上の繋がりに血が通った感じで、こういうのも『ご縁』と呼ぶのだろうなと、しみじみ。

boo-koro さんと過ごす空間が、あまりにも居心地よく、
2時間以上もお話に夢中で、大変長居をしてしまい、
まだ回復が十分でないお体に障ってしまったのではないかと、今でも心配してます。
ごめんなさい・・・

ドレーンの部分のお傷が痛むのと、パクリの痺れがあるようで、
携帯電話からの更新や、みなさんから頂戴したコメントへのレスが難しいとおっしゃってました。

今はゆっくり静養されて、一日も早くドレーンが抜けて、退院できるのを願うばかりです。

退院後、十分に回復され、落ち着いた頃にまたお会いし、その際もたくさんお話できたらなあ!
と、今から楽しみにしています。

次回は、ビリ兄さまや次男くんにも、是非お会いしたい!というか、一緒に遊びたい!

boo-koro さんと親交の深い方も、たくさんいらっしゃいますので、
(先日の人気ブロガーさんが集った、豪華OFF会にも参加されたとのことで、驚きました!)
ご本人にご了承いただき、こうして記事に致しました。

そうそう、boo-koro さんは角部屋だったので、ちょっとうらやましかったなー(笑

※ boo-koro さん、これをお読みになられても、コメント不要ですよー!
  ゆっくりお休みくださいね(^ω^)うふ

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主人の蕁麻疹ですが、お薬がよく効き、すっかり完治致しました。
ありがとうございました。
(激務なのは依然として変わらないのですが・・・)

そして、主人は本日より数日間、被災地へボランティアに向かっています。

わたしの分まで、できるだけのことをしてきてほしいです。

主人にとっても、治療は終わった。しかし、新たな治療が始まった。

8月2日(火)の昼過ぎから、主人の身体に鋭い痒みとともに、発疹が出現。
蕁麻疹っぽい。
でも、発疹は転々とするものではなく、世界地図のような感じ。

8月3日(水)に会社内の診療所へ赴き、会社近くの皮膚科を紹介される。
そこの皮膚科医の診断では、「重度の蕁麻疹」。
原因は、おそらくストレスと、疲れ。

蕁麻疹、わたしも勤務していたときになったけれど、むちゃくちゃ痒い。
軽度だったのに、あの痒さ。
どんな痒みと、今、主人は闘っているのだろう・・・

注射を打ち、飲み薬・塗り薬を処方され、一旦は症状が良くなった。
が、お薬が切れると、また、ぶりかえし、現在は全身が赤々とし、見ているだけでも、痒くなる。
全身芝桜、秩父の羊山公園さながら。(こちらの記事、ご参照→

今夜も、夕食後と寝る前用のお薬を飲み、全身に塗り薬を塗った。
前身ごろは主人が塗り、後ろ身ごろは、わたしが塗った。

しかし、うまく寝付けず、水風呂の中に飛び込んで、
氷柱のようになってお風呂から出てきて、今しがた、ようやく眠りについた。

8月1日(月)の診察に、主人は一緒に行ってくれた。
この日だけではない。
お仕事の都合がつくときは、事情を伝えている上席の方に断って、必ず駆けつけてくれた。
休日の通院の際は、車を出してくれた。
一緒にいるときは、いつでもどこでも気遣ってくれる、出来過ぎくん。

8月1日(月)の診察を終えて、主人も、今まで張り詰めていた気が一気に抜けてしまったのだろう。
彼の蕁麻疹は、ここにも起因していると思う。
ごめんね・・・ごめんなさい。

一緒に闘ってくれた主人にとっても、わたしの治療は全て終わったのだ。
でも、主人が今度は病気になってしまった。
皮膚科医曰く、「一回なっちゃうとねえ、癖になるかも」とのことらしい。

主人のように、わたしは人間が出来ていないけど、
主人がわたしに尽くしてくれたように、わたしも精一杯、主人に尽くしたい。

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塗り薬の溶け出た水風呂(主人談)は、大変気持ちよかったみたいで、
「夜中、痒さで起きてしまい、痒みに耐えられなかったら、
もう一回入るから、流さずとっておいてほしい」と言われた。
お腹こわしたり、風邪ひいたりしませんように・・・
プロフィール

Author:le lys

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